オマイマ・ネルスン

 

 ――彼ったら、なんて柔らかいのかしら。

 


 

 1991年初冬、いかにも動転した様子の美女が、泣きじゃくりながら近所のジョン・ポポヴィッチ宅に駆け込んできた。
「助けて。夫にレイプされて、切られたの」
 美女の名はオマイマ・ネルスン。彼女は唖然としているジョンに、自分がどんなに「ひどい仕打ち」を受けたか、まくしたてはじめた。彼女は自分から服を脱ぎ、体中のひっかき傷や痣、ナイフで切られた跡を見せはじめた。
 のちにジョンはこう語っている。
「オマイマは下着をいちいちずらせて、傷跡を見せてくれました。でもそんなことしなくても、傷はほとんど服の切れ込みのあちこちから見えてたんですけど」。

 

 オマイマはエキゾチックな美人だった。スタイルは完璧で、脚は脚線美という言葉がぴったり、高い頬骨と煙るような瞳はセクシャルな魅力を際立たせていた。
 ジョンは彼女の生い立ちの一部を知っていたが、全部を知っていたわけではなかった。彼女はカイロの無断居住者が集まる貧民街で、極貧の中育った。10歳のときから、何度か性的な暴行を受けてもいる。オマイマはそれを隠しとおして生きなければ、と思っていた。純潔を汚されたことが未来の夫にバレたなら、毎日の虐待はおろか、殺されるかもしれない、と思い込んでいたのだ。

 19歳のとき、オマイマはアメリカ人の若者にプロポーズされる。彼女は「愛など無関係」にこれを二つ返事で受けた。とにかく、現状から逃げたい一心だったのだ。しかしもちろんそんな結婚生活はうまくいかず、じきに破綻する。
 オマイマは離婚後、南カリフォルニアでモデルとして働きはじめた。

 1991年、オマイマはウィリアム・ネルスンと出会う。彼は彼女より33歳も年上だったが、魅力的だった。二人は即座に結婚を決めた。事件が起こる1ヶ月前のことである。

 

 ジョンはオマイマの傷を見て同情し、自分にできることがあれば協力するが、と言った。するとオマイマは告白を始めた。
「実は夫を殺してしまったの」
 ベッドに縛りつけられてレイプされ、ナイフで切り刻まれた彼女は、なんとか自由になった右手で電気スタンドを掴み、それを夫の頭に叩きつけたのだという。
 オマイマは動かなくなった夫を、夫が用いた道具を使って「解体」した。首を切断し、細かく切り分けて、浴槽で血を洗い流した。
「身元がわからないように、頭と入れ歯を粉々にして欲しいの。お礼はするわ」。
 ジョンはとりあえず傷の手当てをしなくては、といい、オマイマを近所の女性のもとへ連れていった。
 それから、一目散に警察へ駆け込んだ。

 

 ネルスン家に踏み込んだ警察は、ただちにウィリアム・ネルスンの「各パーツ」を発見した。山ほど詰まれたビニール袋の中には、肉片と内臓が詰まっていた。新聞紙にくるまった両手は、指紋を消そうとしたためか、油で炒められていた。生首はアルミホイルで包まれ、冷凍庫に入っていた。首は頭皮を剥がされ、これも身元をわからなくするためか、煮られていた。

 オマイマは「夫は旅行中です」と言ったかと思うと、「夫にレイプされたんです」と涙ながらに申し立て、自分がどんなに虐待されたか、また彼にはレイプ癖があったのだととりとめなく訴えた。
 解体された死体については「あれは夫が以前、女の子を誘拐して切り刻んだんです」と言い張った。

 オマイマの供述はくるくると変わった。だがそれでも、最終的には真実がはっきりした。オマイマの殺人は「正当防衛とはほど遠い」ものだった。
 彼女は夫を鋏で刺し、絶命するまでスチーム・アイロンで殴りつづけた。そして
「解体」する前に、赤いハイヒールを履き、赤い口紅をつけ、赤い帽子をかぶった。
「儀式っぽくしたかったの」
 解体の儀式の最中、オマイマは夫の肉を食べたことを認めた。
「彼のあばら骨をレストランでするみたいにバーベキューにしたわ。キッチンテーブルで、まあおいしい、彼ってなんて柔らかいのかしらって思ったのを覚えてる」
 さらにオマイマは彼の性器と左手の薬指を切断し、生首の口に突っ込んだ。
「彼、いつもただいまのキスの代わりに、指を突っ込んできたの。それがイヤでたまらなかったわ。……どうしてもっと優しくしてくれなかったのかしら」

 精神鑑定の結果はいずれも、オマイマは間違いなく精神病質患者である、というものだった。あるベテランの精神科医は「20年医者をやっているが、これほど奇怪な患者を診たのははじめてだ」と言った。

 オマイマは、第二級殺人で懲役27年の刑となった。

 

 裁判後、この事件の捜査にあたった刑事はこう語った。
「オマイマ・ネルスンはわたしが今まで会った中でもっとも不気味で、病的な人間だった。いや、人間というか――オマイマという名の、新しい猛獣が発見されたのさ。きっと」

 

 


 

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